東京高等裁判所 平成2年(ネ)2730号 判決 1991年1月30日
控訴人 坂本佳靖
右訴訟代理人弁護士 新井弘治
被控訴人 大東京火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 小坂伊左夫
右訴訟代理人弁護士 岩出誠
同 池田秀敏
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成元年四月二六日から支払い済みに至るまで年六分の金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の付加した主張
1 本件小切手等の支払いが本件事故の後にされたことの主張立証責任は被控訴人にある。
2 本件小切手等の交付が本件事故後にされたことを認めるに足る証拠はないのに、これを推認した原判決は失当である。
二 被控訴人の付加した主張
1 弁済受領者である被控訴人側に日付のない受領書を交付したという民法四八六条の義務違反があるというだけでは、保険料支払日の立証責任が被控訴人側に転換するものではなく、保険者に消極的事実の立証責任を強いる結果となる不合理性や保険契約者側の弁済に至るまでの弁済遅滞などの背信事由をも考慮にいれて立証責任の分配を考えるべきである。
2 本件保険料の支払の一部に小切手が含まれており、本来の弁済の提供と解されない小切手の交付に民法四八六条の弁済受領書交付義務があるか疑問であり、信頼性の低い小切手により保険料の受領をした保険者に受領日の立証責任まで負わせるというのは公平でない。
第三証拠関係《省略》
理由
一 当裁判所の判断は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決六丁裏六行目の「保険契約者に対して、」を「保険契約者の請求に応じて、同人に対して、」と、同八行目の「ものというべきである。」を「ものである。そして、保険契約者は、保険料の提供をした際、弁済受領書の交付がされなかったり、日時等記載の不完全な弁済受領書の交付がなされようとするときは、同時履行の抗弁権を行使して保険料の支払を拒むことができ、それによって保険料支払の遅滞の責任を免れ得るものというべきであるが、保険契約者が右同時履行の関係があるにもかかわらず、保険料の支払をしてしまった場合は、同時履行の関係が消滅するから、弁済受領書の不交付若しくは日時等記載の不完全な弁済受領書の交付によって生ずる後日の立証等における事実上の不利益は、保険契約者側で甘受せざるを得ないものである」と、それぞれ改める。
2 原判決七丁表三行目の「右法律上の義務」から原判決八丁表四行目末尾までを、次のとおりに改める。
「保険金を支払おうとする保険契約者の無知に乗じて保険の効力の及ぶ期間を曖昧にする等の故意で、あるいは、それと同視し得る程度の重大な過失によって、遅滞分割保険料等を受領した日時を記載しない弁済受領書を交付した場合には、保険者は、遅滞分割保険料等の支払日時について、被保険者の証明妨害をしたこととなるものと解すべきである。
このような証明妨害があった場合、裁判所は、要証事実の内容、妨害された証拠の内容や形態、他の証拠の確保の難易性、当該事案における妨害された証拠の重要性、経験則などを総合考慮して、事案に応じて、①挙証者の主張事実を事実上推定するか、②証明妨害の程度等に応じ裁量的に挙証者の主張事実を真実として擬制するか、③挙証者の主張事実について証明度の軽減を認めるか、④立証責任の転換をし、挙証者の主張の反対事実の立証責任を相手方に負わせるかを決すべきである。
本件において、被控訴人の代理人であった渡辺自動車が、控訴人から本件小切手等を受領した際、控訴人に受領日時の記載のない『分割払団体扱契約保険料領収書』を交付したことは当事者間に争いがないが、右の受領日時の記載がされないままに弁済受領書が交付されたことについて、被控訴人又は渡辺自動車に前述のような故意、あるいは、重大な過失があったと判断すべき事実は、本件全証拠によっても認められない。
したがって、被控訴人側に、本件分割保険料の支払の日時について、証明妨害があったとはいえず、本件において証明妨害の効果を論ずる必要はない。
以上によれば、控訴人の抗弁2及び当審において付加した主張は容認できないことが明らかである。」
3 原判決八丁表五行目の「発生後」を「発生前」と、同六行目の「被告」を「控訴人」と、それぞれ改める。
4 原判決一〇丁表二行目の「(2)」と「右」の間に「したがって、控訴人の主張するような本件分割保険料が昭和六二年八月二二日午後四時ころ支払われた事実は、認めるに足る証拠はないといわなければならない。かえって、」と挿入する。
二 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 前島勝三 富田善範)